研究レポート

リスクの保有と移転

リスクの保有と移転

はじめに

企業がリスクファイナンスを検討していく際には企業を取り巻く経営環境や財務状況そしてステークホルダーからの要請そして全社的なリスク評価を総合的に判断してリスクの低減策に取り組んでいきつつもその上で残存するリスクについて自社内に残していくことをあるいは社外に移転していくべきかを考えていきます。

リスクの保有

リスクの保有とはリスクの顕在化による生じる損失を内部留保で賄うところがあります。基本的には準備金や引当金を活用してリスクに対処することです。こういった内部留保を超える損失が生じた場合は借入金などで対処していくことになります。

保有するリスクが顕在化した場合の損害発生の頻度や規模が経験的に読めそうなリスクを自己保有にすることによってリスク情報を管理していきます。企業におけるリスクマネジメント意識を高めるようインセンティブ付けを行うことも可能といえます。こうしたリスクの保有は企業リスクの分析やリスクマネジメントに資する社内啓蒙運動やリスクファイナンス手法活用に要するコストの効率化などの真の目的をなされる積極的なリスク保有であるといえます。

リスクの移転は外部の金融機関に一定のコストを払うことでリスクを支払うことで金融機関などに移転していきます。リスクの顕在化によって生じる損失を負担していきます。リスクを外部に移転する手法として最も活用されているのが保険会社との保険契約になります。近年では保険デリバティブや証券化などのリスクファイナンス手法を活用するケースもちらほらと出てきました。

リスクの保有・移転を検討するにあたっては、企業のその時々の財務ニーズが何にあるかが重要な判断要素となります。財務の効率性の向上や流動性の確保・強化さらには損益の平準化などの目的のうち何に重きを置くかを念頭に置いていきます。リスクの保有や移転のバランスを検討する議題になります。

保険契約においては高額の免責や不担保特約の設定によって保険会社側の支払い要件に保険商品などはリスクの保有と移転のバランスを上手に工夫した手法の一つと言えます。

またリスクによっては企業と金融機関との間に情報の差異が生じる可能性があります。このようなリスクの場合には引き受け手である金融機関側とのリスクシェアリングを行っていくことで外部へのリスク移転が可能となっていきます。また効率的なリスクファイナンスの実現を期待できます。ファイナイト保険やキャプティブを活用したリスクファイナンス手法がこれに該当します。

リスクファイナンス手法の商品性

リスクファイナンスの手法の選定には保有と移転というリスクへの対処の検討に入ります。個々のリスクファイナンスの手法の商品性を検討していくことが必要になります。企業は自社のニーズと商品性とを組み合わせていくことで実際に活用するリスクファイナンス商品の選定を行っていきます。

以下でリスクファイナンスのそれぞれの事象についてのメリットとデメリットを考えていきます。

支払即時性

支払即時性とはリスが起こってから資金が手元に入るまでの時間が短いことを意味します。企業がリスクが起こってからのキャッシュフローの逼迫を懸念して、資金流動性の確保を優先したい場合に支払即時性の観点からリスクファイナンス手法導入の検討を行うことが望ましくなります。

保険商品では、保険金の支払要件として実損の発生が必要とされます。実際に保険事故発生の確認や実損額の調査などのいわゆる損害調査の査定を行った後に保険金が支払われます。そのため保険事故の発生から保険金の支払いまでにそれなりのの時間を要することになります。

一方、コンティンジェント・デットや保険デリバティブ・CATボンドなどには損害調査査定の過程がありませんのでリスクの発生から資金が手元に入るまでの時間は比較的短くなります。

実損填補

リスクの顕在化によって企業が被った実際の損害額が支払われることを実損填補といいます。リスクファイナンス手法の中でこのような性質を持つものはCATボンドなどです。実際の損害額とリスクファイナンス商品から支払われる額との間にギャップが生じることをベーシスリスクといいます。リスクの顕在化によって支払われる額が契約締結時に取り決められている保険デリバティブなどにはこのベーシスリスクがあります。

あるリスクの顕在化に対して必要となる資金の量を定量的に把握している場合はその金額を確実に手当てできるリスクファイナンス手法を活用することでベーシスリスクを回避することができます。

商品の個別性

企業が自社が抱えるリスクについてリスクファイナンスを即座に手配したい場合には商品の個別性に起因する組成の簡便性すなわちリスクファイナンス手法の導入決定から契約効力の開始までに要する時間にも留意する必要があります。オーダーメイド商品となるコンティンジェント・デットやCATボンドは個別性が高くなります。現時点では活用事例があまり多くないこともあり、組成までに相当程度の時間を要します。

従来の保険商品は契約内容が比較的標準化されています。導入決定から契約効力の開始までに時間を要しません。保険デリバティブは個別性は高いも契約内容が一定程度標準化されているので多くが相対取引になります。そうなるとコンティンジェント・デットやCATボンドのように、組成に時間を要することはなく、これらの手法に比べ契約効力の開始までにさほど時間を要さないというメリットがあります。

コスト

リスクファイナンス活用に要するコストとしては、リスク分析やスキーム組成のための事務コスト・リスク移転に係るプレミアムのリスクファイナンス手法活用に係る直接的コスト・有利子負債のコスト・自己資本のコストなどがあります。トータルコストとリスクファイナンスによって得られる効果を比較して衡量した上で企業にとっての最適な方法で選定していく必要があります。リスクを移転する場合にはを保有する場合に比べてリスク移転に係るプレミアムを負担する必要があります。

さらに従来の保険のような契約内容が比較的標準化されている手法に比べて個別性の高い手法で行うことで事務コストは基本的に高くなってしまう可能性が高まります。

契約期間

企業ではリスクファイナンスの活用手法に要するコストやリスク顕在化後の対応に要するコストを一定期間の固定させていくことで中期的な予算の固定化や損益の平準化などを図っておきたいというニーズがあります。リスクファイナンスの活用に要するコストは基本的に複数年契約であって契約期間におけるコストの支払額を事前に掌握することができることです。

また従来の保険商品の契約期間は1年が基本になります。ただ企業のニーズによっては短期の契約や複数年契約のいずれかをも選択が可能になっています。ファイナイト保険のように長期に設定した保険期間の中で分割して支払っていくことで損益の平準化ニーズに応えることができる商品でもあります。

その他の商品

保険市場や再保険市場の規模的な制約によって従来の保険商品では引き受けが困難であったリスクを資本市場の資金力を活用しリスクを移転していく商品があります。

その中でもCATボンドは異常災害のリスクを証券化して金融や資本市場にリスクを移転していくスキームになります。また保険デリバティブは保険関連リスクに連動していく指標が存在しています。契約の締結時に取り決めた条件が満たされたときに金銭の授受が行われるスキームで金融・資本市場にリスクを移転することが可能となります。こうした金融・資本市場の資金を活用することで、従来の保険商品では引き受けが困難であったリスクへの手当てを填補することが可能になります。

リスクファイナンスの効率化

企業は様々なリスクから身を守るための策として資本を備えています。リスクの顕在化による損害に対する財務体力の強化を有しています。企業が平時から過度に資本を準備することは資本効率の観点から望ましくない可能性があります。企業はリスクファイナンス手法を活用してそれに要するコストを支払っていくことで緊急時の資本を準備することができます。そうしていくことで耐性の強化と資本の効率化を同時に実現することができます。

企業がリスクファイナンスを検討するにあたっては企業の資本政策とリスクファイナンスの活用によって得られる効果を考えたうえで企業価値の最大化に資する戦略的なリスクファイナンスのプログラムの構築を図ることができます。