研究レポート

企業と保険会社の間でのリスクの保有と移転をどうしていくか

企業と保険会社の間でのリスクの保有と移転をどうしていくか

はじめに

企業のリスクファイナンスでは保険会社はリスクの引き受け手として保険商品を提供してきました。ただ保険商品によるリスクの移転では保険会社と企業との間には情報面で大きな差があります。

保険会社にとっても損害の規模や発生の頻度が十分に予測できないリスクは妥当な保険料の設定が困難でもあるのでリスクの引き受けに消極的なところがあります。また企業は保険会社のキャパシティや市場のレートを知るすべはありません。保険料水準の妥当性について評価をしていくことは困難な状況にあるといえます。

企業と保険会社にとってこうした情報の温度差による問題がある中で、保険料率の自由化を境に一定のリスクの保有をしていくことを通してリスクファイナンスをより効率的に行っていこうという企業も出てきました。また一般的に活用されている保険も免責金額の設定・保険金額の上限設定・契約においての特定のリスクの除外・トリガーイベントの工夫をしていくことでリスクの保有や移転を保険商品の中で柔軟に設定をしていくことが今後は求められます。

このように企業と保険会社との間でリスクのシェアリングをしていくことで、保険会社が引き受けの困難なリスクの保険化や企業がこれまであまり意識してこなかった保険料水準の見直しを行える可能性が出てきます。つまりリスクシェアリングを通しての保険スキームを作っていくことで企業からのある一定のリスクの移転を行うことができます。

リスクシェアリングの方法

企業によるリスクシェアリングには高額金額の免責・不担保特約の活用・支払限度額の設定・マルチトリガー・複数のリスクによる保険金額の共有などがあります。それぞれの企業によっておかれている立場が異なります。また企業と金融機関との間で柔軟な取り決めを行っていく必要があります。

高額金額の免責

保険による免責金額の設定は企業にとってその金額までのリスクの自己保有というものを示しています。企業がその財務体力に応じての保有額を考慮した上で高額の免責を設定していくという方法もリスクファイナンスの効率化につながっていくという意味で一種のリスクシェアリングの方法といえます。

不担保特約の活用

保険約款には一般に免責条項が付けられています。そこに更なる不担保特約をつけていくことで特定のリスクを自己保有することができます。たとえばパッケージされた火災保険に加入する場合に自社の建物の地理的・立地的な条件を勘案して、風・ひょう・雪害リスク・水害リスクなどを通して低頻度で損害額の予測が可能なリスクを不担保扱いにして企業がリスクを保有することができます。

支払限度額の設定

複数の所有している物件に付保する時に、複数の物件が一度に全滅するリスクを下げることができれば1事故当たりの支払い限度額を設定して発生確率の低い超過分を自己保有していく契約も可能といえます。
たとえば支店や工場などを複数所有しているような場合にすべての所有物件の保険金額が5億円になってしまう場合でも、予想される1つの事故の最大の損害額が5億円以下(たとえば3億)の場合であれば、その3億を支払限度額とした保険契約を行うこともできます。また実際の損害額が予想される最大の損害額を超えた時の超過部分(ここでいうと3億を超えた部分)については企業がリスクを負担します。

マルチトリガー

マルチトリガーとは複数の事象が重なって保険事故になって保険が支払われるような仕組みの保険契約のことをいいます。マルチトリガーの例としては事故による損害だけでなく金融市場のパニックさらには商品価格の変動などで企業の収益に影響が出た場合に複数のトリガーを組み合わせていくことでリスクのコストを下げていくことができます。

たとえば売り上げの総額の中で輸出での売り上げの高い企業が火災事故や円高には耐えることができても、その両方が起こってしまうと資金繰りが苦しくなるということはあり得ます。このような火災と円高の両方の事象が起こった時に保険金が支払われるような保険でリスクファイナンスを行っていくことができます。ただ火災のみ・円高のみのリスクの場合には企業自身がリスクを負います。

複数のリスクによる保険金額の共有

複数のリスクを保険の対象としていくことで各々のリスクを組み合わせた保険金の支払限度額を設定していくプログラムがあります。

たとえば火災リスク・運送リスク・賠償リスクという感じで相関の薄い保険のリスクを1つの保険プログラムで担保していくケースがあります。賠償リスクなどよりも高額の保険でカバーをしていきたい場合にはこの共有プログラムに上乗せ補償部分を加えて付保することもできます。

引受困難なリスクへの挑戦

集積リスク・情報格差のあるリスク・信頼できる十分な過去データが得られない場合のリスクなどは保険会社が引き受け困難として十分なキャパシティを有しないことが多いです。これらの場合はリスクそのものの評価を行うことができない・またリスクに見合った期待される収益を得ることができないなどの問題があります。

これらの課題をクリアするために保険会社はリスク評価能力の向上・情報収集力の高度化・ファイナイト保険や高額面積の設定などのリスクシェアリングを可能にしていく商品や手法の活用・クレジットリスクやインデックス化のように金融商品や手法の活用によるリスクの変質・ロスコントロールやロスプリベンションなどの保険事故の防止や軽減を行っていく必要があります。

リスクシェアリングプログラム

アメリカを中心とした海外では多くのリスクシェアリングプログラムが作られています。SIR(自己保険の保持)制度では企業が保険会社に付保することを義務付ける種目について自己資金による対応を認めていく制度です。ある一定の額までは企業がリスクを保有してそれを超えた部分を高額免責契約という形で保険会社が引き受けていく形での契約があります。

ディダクタブル・インデムニティは賠償責任保険などで出てくることが多いです。保険金は保険会社から被害者に直接支払がなされます。予め定めておいた企業のリスク保有分を保険会社が企業から回収していくという仕組みを取ります。

ディダクタブルファンディングプログラムはディダクタブル・インデムニティをさらに進化させたものです。保険金は保険会社から被害者に直接支払がされるのは一緒です。ただ予め定めておいた企業のリスク保有分は企業から直接に回収するのではなく、信託勘定などの専用のファンドから回収をしていく仕組みになっています。これをさらに進めたものがキャプティブになります。

保険会社と企業自身がいかにリスクをシェアしていくことができるか。ここが企業の戦略的なリスクファイナンスの仕組み化するにあたってすごく重要なポイントになってきそうです。